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従軍記者たち
日本のアフガン報道には、2 つの現象が見られた。フリーランスを含むジャーナリストたちが、米軍と北部同盟の「従軍記者」と化したことと、「ミニ
CNN 化」したことである。
戦争の本質をえぐるニュースは敬遠され、戦争を事実上肯定する報道が、はん濫した。
カブール「解放」の報告は、その最たるものである。
なぜメディアはこぞって、米軍の空爆と北部同盟とによってカブールが「解放された」かのような報道に終始したのか。ひげ剃りの風景と、ブルカを脱ぐ女達の姿は、その象徴だった。しかしその後、私がカブールに行った時には、ひげを剃った男はほとんどいなかったし、ブルカを脱いだ女もほとんど見なかった。
ひげもブルカもタリバンの弾圧の結果だけではない。なぜならタリバンから人々を解放したはずの北部同盟兵士の中にも、ひげを剃っている男はほとんどいないし、北部同盟が支配した地域でも多くの女性はブルカを着ているからである。カブールから「ひげ剃り映像」を送るジャーナリストは、こうしたことを知っていたはずである。
ここをタリバン以前から取材していた人間なら、昔からブルカもひげも支配的だったこと、そして女性の抑圧や、破壊や略奪は、北部同盟にも大きな責任があったことを知らないはずはない。
『カンダハール』を製作したイランの映画監督マフマルバフは、タリバン以前に女性の
95% は教育から遠ざけられていた、そしてタリバンは残りの 5% の教育の機会を奪ったと述べている。
アフガニスタンの戦争は、カブールの「ひげ剃り」と「ブルカを脱ぐ女」の映像によって、あたかも、それまでの空爆がすべて肯定されたかのような様相を呈した。世界のジャーナリストたちは、報復戦争を「正義の戦争」として定着させるのに大きな役割を果たしたことになる。
この流れは、戦争の被害者である避難民たちについて、ほとんど報道がなされなかったことで、決定的となった。
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