June 28, 2008
日本の先住民
難民映画祭で私の映画NAKBAはNHKのホールで上映された。満員で、入れなくて帰っていただいた方もいらっしゃったという。
このところ映画の宣伝もかねて、講演が多い。この文章は、京大での難民映画祭での講演のために京都に向かう車中で書いている。
数日前に京都の造形芸術大の一年生の授業で、スライド映写を交えて700人に話をした。
その数日前は北海道の札幌で、NAKBAの上映会と講演会。こちらも620人の入場者があった。飛行機の時間までを利用して、札幌の松元さんの案内で、千歳のアイヌの人々の生活の後を訪ねた。千歳川の公園には、つい最近まで「旧土人(アイヌの人をこのように呼んでいた)が鮭の取り方を知らなかったので、我々が教えてやった」と書いた碑が立っていたというが、今回訪ねたら取り替えられていた。サミットでさすがに外国人の取材を恐れたのだろう。
アイヌの人々を先住民と認めたのは歓迎だが、これもサミット対策との見方がある。第一先住民と認めることは、彼らの土地を奪い言葉を奪い名前を奪い誇りを奪い、彼らの土地での鮭漁の禁止や策略による殺害など、謝罪と補償が必要なのだが、その約束は何もない。
日本のNAKBAも、パレスチナのNAKBAと同じように、闇に葬られてきた。イスラエルの人々と同じように、私たちも、今の国土を当然のことのように受け止めている。
しかし日本列島と日本国が重なったのは、つい最近、明治維新のさらに後のことだということは、あまり実感されていない。100年前の日本は今の北海道の南部のほんの一部しか含んでいなかった。
DAYSでは来月号で、先住民アイヌの特集をして、先住民と我々の関係を考え直すための企画をするつもりだ。
先日千葉で行われた中東学会で、板垣雄三さんは我々がイスラエルの植民地主義を対岸のものとしてみているが、実際に日本こそその成り立ちから植民地主義国家として成長してきたということを話された。日本のNAKBA。皆さんの近くにあるその痕跡を教えていただければ、ありがたい。できるだけ撮影に行きたいと思っている。
日本の先住民