Posted: 4/10/2004

 【東京 10 日】                            

  イラクでの日本人拘束に対して、HIROPRESS.netへ寄せられた手紙を掲載いたします。

◆アラブの子どもと仲良くする会の西村陽子さんから

 アラブの子どもとなかよくする会の西村陽子です。 

 私は 2003 年の 6 月から約 6 ヶ月間、バグダッドで白血病の子ども達への医療支援を行ってきました。そのうちの 3 ヶ月以上の月日を高遠菜穂子さんと同じホテルで過ごし、 ストリートチルドレンのケアでは一緒に汗も涙も流してきました。 

 インドやカンボジアなどでのボランティア活動経験豊富な彼女は、人の死に幾たびも立会い、 貧しさのどん底で這い回る人々とかかわる中で、彼らとごく自然に、喜びや幸せを分け合うすべのようなものを身につけているように感じました。

 どんな人の声がけにも明るい笑顔で応え、 貧しい人の手の上にはイラク・ディナール札をさりげなくのせる、戦後の混乱したイラクで、 言葉も文化も異なる人たちの中をすいすいと泳ぐように動き回る彼女の姿は印象的でした。 

 バグダッドで活動を始めた彼女はパレスチナホテルの近くの路地で寝泊りしている少年達が シンナーを吸っていることに心を痛め、彼らをシンナーから引き離そうと奔走するようになりました。

 「 私は彼らのお母さん役 」と毎日のように衣類や食料を運び、怪我をしている少年や病気の少年を病院に連れて行きました。

時には、自分より体格の大きい少年たちのけんかに体を張って止めに入り、涙を流しながら訴え、 全身全霊で少年達に向かい合っていました。そして、「ハイダルがシンナーやめてすごくいい顔をしていた」 「ムハンマドはほんとに優しいんだよ」とまさに我が子のことのようにその日の少年たちの様子を語っていました。 

 また、「この少年達は悪魔だ。近寄るな。」と心ない言葉を浴びせる周囲のイラクの大人たちに 「彼らも支援の手を必要としている。彼らに必要なのは愛情なんだ。」と説いてまわり、 彼女の熱意は何人ものイラク人の心を動かしました。

 イラク人だけでなく、同宿の日本人たちにも 「愛が大事なんだ。」と語り、「武力では何も解決しない。 武器を持った日本人が来てもイラクは平和にならない。」と武力に頼らない復興支援を訴えていました。 それは、彼女の周りにいるイラク人たちの声でもありました。そして、その声を日本の人たちに伝えなければならないと 少年達のケアをした帰り道、日没時刻を気にしながら、インターネットカフェに通いつめていました。 

 「一人でもできることを」と地道にイラクの復興に向け、全てを注いで活動している高遠さんが 不慮の事態に巻き込まれ、武装集団が日本政府に「自衛隊撤退」を要求するための人質となってしまったとは、 全く皮肉なものです。

 「退避勧告が出ているのに、なぜ、危険の伴う陸路でイラクに向かったのか?自業自得だ。」 確かにそのとおりかもしれません。しかし、なぜ、武装集団は彼女達を人質にとったのか? 自衛隊に撤退してほしいからです。

 「イラクにこれ以上、兵士や武器はいらない」というイラクの人々の声を無視して、 日本を含む各国が軍隊を送り込んだからです。50年以上戦争の恐怖を味わっていない 日本人にイラクの人たちの武力に対する嫌悪の気持ちなどわかるはずがありません。

 さらに、米国の要請で日本が自衛隊をイラクに送っていることなど、イラク人はだれでも知っています。 

 このように、平和的に、献身的に支援活動を行っている彼女が、復興支援の名のもとに米軍の占領に 協力している自衛隊の犠牲になるなど、あまりにも理不尽すぎます。平和憲法をねじまげて、日本政府が 行ってきたことの代償を彼女達の命で支払うことのないよう、日本政府の真摯な対応と自衛隊の迅速な撤退を望みます。

ストリートチルドレンのケアをしている高遠菜穂子さん。大きな体の少年が高遠さんに甘えてくる。彼女はしっかり彼等の甘えを受け止めてあげていた。  撮影 森住卓  
写真の無断転載禁止
高遠菜穂子さんの活動を紹介したレポートが森住卓さんのホームページに掲載されています
                               
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