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【東京 13 日】
ジェニンを廃墟に変えた男の名が分かりました。
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5 月 31 日付『イディヨット・アハロノット
(最終版ニュース)』紙は、「彼らの為にサッカー場を作ってやった」と題するモシェのインタビューを掲載し、イスラエルにショックを与えた。彼はジェニン難民キャンプを瓦礫に変えていった様子を克明に話した |
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彼の名はモシェ・ニシーム。『イディヨット・アハロノット』紙にインタビューが掲載されたのです。私も本人にコンタクトを取り、インタビューを申しこんでいましたが、『イディヨット・アハロノット』紙発売の後、彼の言動に脅威を覚えた軍が許可せず、インタビューは実現しませんでした。
掲載された彼の話によりますと、ジェニン難民キャンプには何台ものブルドーザーが投入されましたが、実際は 1 台のブルドーザーがほとんどの仕事をやったのです。それがモシェの運転する巨大な軍用ブルドーザー
D9 でした。
彼はブルドーザーに好きなサッカーチーム「エルサレム・ベタール」の黄色い旗を付けて、3 日間ほとんど休みなしに働き、難民キャンプを瓦礫に変えていきました。運転席にはウイスキーのビンがおかれ、モシェは、それが空になるまで「仕事」をしたといいます。
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| 上の写真はジェニン難民キャンプの建物を破壊するモシェの軍用ブルドーザー「D9」。下はモシェと息子。息子は交通事故で負傷したという |
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「俺は難民キャンプをサッカー場に変えたんだ」と彼は言っています。「俺は命令されたよりも多くの家を破壊した」「俺がその地域に入る前に、ラウドスピーカーが、パレスチナ住民は家から退去しろ、と伝えた。しかし俺は、誰ひとり家から出るチャンスを与えなかった。俺は待たなかった。
これらの家の中で人々が死んだのは確実だと思う。俺は誰も死んだのを見なかったし、轢いたのも見なかった。なぜなら土埃がもうもうと立ちこめて、何も見えなかったからだ。
俺は彼らのためにサッカー場を作ってやった。彼らはそこでプレイすべきだ。100 メートル四方 (の広場) は、われわれからキャンプへのプレゼントだ」
彼は司令官から仕事を止めるように命令されたとき、残念で仕方なかったと言っています。
「家を壊すのは楽しかった。パレスチナ人は自分が死んでもいいと思っているけれど、家を壊されるのはいやがるからだ」
「4 階建ての家を見事に破壊したとき、満足感でいっぱいだった」
予備役の彼はボランティアで志願してこの仕事に参加し、命令以上の仕事をしました。
ジェニンや他の占領地では、こうした凶器となった兵士たちが数多くいたのです。

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