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■ VIEWPOINT 文:広河 隆一
アフガン報道に思う“何をどう伝えるのか”
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Posted: 1/27/2002

 攻撃する側からの報道

 アフガニスタンで日本の大手メディアは、多くの場合、危険な所に自社記者を配置するのを自主規制し、代わりにフリーランスのジャーナリストたちを前線取材で使った。いずれもこの地域の報道に実績のある人々である。

 しかしマスコミは、現地の背景解説などは余り必要としなかった。現場で同時中継報告さえしてくれれば、よかったのである。それによって各社は、最前線に特派員を送り込んでいる形を整えることができた。

 こうして、CNN と同じ場所で同時中継をするスタイルが広まった。アメリカの戦争の報道と同じスタンスになっていたのである。

 これは爆弾を落とす側からの報道を意味した。

 アメリカにとっては、空爆されている村は、誤爆で多くの死傷者が出ても、ほとんどニュース価値はなかった。自らが被害者であると考えるアメリカ国民が、自分達が加害者になっている話など、聞きたくないからである。

 この戦争に荷担した日本でも、同じような状況が生まれた。国民感情が同じだったとは信じられない。日本人の多くは真実を求めていた。しかしメディアの側の誘導があった。

 日本のある大手新聞では、空爆を批判する記事すべてにチェックが入った。「報復攻撃」という言葉さえ禁止された。難民キャンプの報道は、ほとんど掲載されなかった。特派員たちはすぐれた報告を送ったが、それらは軒並み没になったのである。

 私が 1984 年にベイルートを訪れたとき、沖合に米軍の戦艦ニュージャージーがいた。太平洋戦争中、戦艦大和に対抗して建造されたという巨艦で、世界最大の 40 インチ砲を装備していた。あるとき、この 40 インチ砲が火を噴き、150 発の砲弾がレバノン山岳地帯に撃ち込まれた。アメリカ軍はテロリストの基地を破壊したと発表し、そのニュースは世界中に伝えられた。だが、本当にテロリストの基地が破壊されたのかどうかを確かめたジャーナリストは、ほとんどいなかった。

 私がベイルートにいたのはテレビの番組制作のためで、立松和平といっしょだった。山岳地に行くと平和な村が破壊されていた。そこは親米の村として有名で、多くの子どもたちがアメリカに留学しているところだった。軍事基地は、そこから数キロ離れたところにあったのである。

 攻撃される側、爆撃される側の取材は、大変な危険を伴う。その反対なら、大きな身の危険は避けられる。だが後者には、重大な過ちを犯す危険が潜んでいるのだ。ニュースは操作され、間違いは隠される。湾岸戦争の例を出すまでもないだろう。

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