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サラン・トンネル〜クンドゥズ
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サラン・トンネルの入り口。内部は砲撃で何箇所も破壊されているので、徒歩で通過するほかない |
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サラン・トンネルは、標高おそらく 2,600 メートルくらいの高所にある。カブールから北の都市を結ぶ幹線にあり、この道を使わない場合、数日かけてバーミヤンの近くを通る険しい悪路を行くか、山岳地の東を北上するこれも険しい道を取らなければならない。
サラン・トンネルが破壊されていなければ、救援物資の搬送も相当楽なはずである。12
月中旬にここを通った時は、真っ暗闇の中を瓦礫を乗り越えて進まなければならなかった。
その後、下旬にここを戻った時には、10 メートルおきに小さなランプが取りつけられていた。さらにカブール側出口では、ロシア兵たちが大型ブルドーザーを動かして、トンネル内の瓦礫を除去し始めていた。おそらく
1 月下旬には、このトンネルも開通するのではないかと思う。そうすれば、救援物資の搬送もピッチが上がるに違いない。しかもこの道は安全である。
イスラマバードでお世話になった日・パ旅行社の督永さんは、国連の救援物資がカブールで大量に横流しされていると教えてくれた。だからパキスタンから救援物資を持ちこむよりも、カブールで物資を買って、そこからコンボイを組んで送ったほうが確実だという。この道が開通すれば、様々な可能性が開けるのだ。
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| カブールから北へ向かう道路。橋が爆撃で破壊され、迂回道路が作られている |
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ただトンネルだけでなく、道路や橋も至るところで破壊されているため、大型トラックはまだ走れない。これもこの冬中には工事が終わるのではないかと思う。
ともあれ、私が通りぬけた時のトンネルは大変だった。懐中電灯が必需品である。その間約
50 分。空気が薄く、動悸がする。しかも暗闇で瓦礫を越えるのだ。これは相当こたえた。息が上がった。しかしここは、カブールから逃げた難民が戻るメインロードでもある。小さな子どもたちや、ブルカをつけた女たちが大勢、荷物を抱えて暗闇を行き交っている。
トンネルを出たところも雪一色だった。
そこから 1 時間半ほど山道を歩かなければならない。この道も修復工事が始まっている。
あまり道の端を歩かないことだ。谷底に転げ落ちる危険がある。
やがてようやく車が待機しているところに出る。
乗合タクシーをつかまえて、料金を交渉。ガイドと 2 人で 50 万アフガニということに。これでポレホムリまで
2 時間半である。朝の 5 時半にカブールを出て、ポレホムリに着いたのが 11
時 45 分だった。
ポレホムリは、カブールと北部の町をつなぐ交通の要衝。北に行けばクンドゥズ、北西に行けばマザリシャリフだ。道の分かれ目がポレホムリの町の北の入り口になっていて、戦車が
3 台睨みを利かせている。
ポレホムリから北部方面へ向かうには、町の北端までタクシーで行き、車を換えなければならない。そこで私は、クンドゥズ行きの乗合タクシーに乗った。
この道がひどい。ずたずたになって、穴ぼこだらけである。頭を何百回と天井にたたきつけられて、4
時前にようやくクンドゥズについた。5 人用の乗合タクシーには 10 人が乗っていたのだが、私を除いて同乗していた全員が吐いた。
この料金は 2 人分 50 万アフガニである。
日・パ旅行社
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/
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北部の難民キャンプ

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