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■ SPECIAL 写真・文:広河 隆一
アフガン救援のための覚え書き
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Posted: 1/10/2002

 サラン・トンネル〜クンドゥズ

Photo by Hirokawa Ryuichi
サラン・トンネルの入り口。内部は砲撃で何箇所も破壊されているので、徒歩で通過するほかない

 サラン・トンネルは、標高おそらく 2,600 メートルくらいの高所にある。カブールから北の都市を結ぶ幹線にあり、この道を使わない場合、数日かけてバーミヤンの近くを通る険しい悪路を行くか、山岳地の東を北上するこれも険しい道を取らなければならない。

 サラン・トンネルが破壊されていなければ、救援物資の搬送も相当楽なはずである。12 月中旬にここを通った時は、真っ暗闇の中を瓦礫を乗り越えて進まなければならなかった。

 その後、下旬にここを戻った時には、10 メートルおきに小さなランプが取りつけられていた。さらにカブール側出口では、ロシア兵たちが大型ブルドーザーを動かして、トンネル内の瓦礫を除去し始めていた。おそらく 1 月下旬には、このトンネルも開通するのではないかと思う。そうすれば、救援物資の搬送もピッチが上がるに違いない。しかもこの道は安全である。

 イスラマバードでお世話になった日・パ旅行社の督永さんは、国連の救援物資がカブールで大量に横流しされていると教えてくれた。だからパキスタンから救援物資を持ちこむよりも、カブールで物資を買って、そこからコンボイを組んで送ったほうが確実だという。この道が開通すれば、様々な可能性が開けるのだ。

Photo by Hirokawa Ryuichi
カブールから北へ向かう道路。橋が爆撃で破壊され、迂回道路が作られている

 ただトンネルだけでなく、道路や橋も至るところで破壊されているため、大型トラックはまだ走れない。これもこの冬中には工事が終わるのではないかと思う。

 ともあれ、私が通りぬけた時のトンネルは大変だった。懐中電灯が必需品である。その間約 50 分。空気が薄く、動悸がする。しかも暗闇で瓦礫を越えるのだ。これは相当こたえた。息が上がった。しかしここは、カブールから逃げた難民が戻るメインロードでもある。小さな子どもたちや、ブルカをつけた女たちが大勢、荷物を抱えて暗闇を行き交っている。

 トンネルを出たところも雪一色だった。

 そこから 1 時間半ほど山道を歩かなければならない。この道も修復工事が始まっている。

 あまり道の端を歩かないことだ。谷底に転げ落ちる危険がある。

 やがてようやく車が待機しているところに出る。

Map

 乗合タクシーをつかまえて、料金を交渉。ガイドと 2 人で 50 万アフガニということに。これでポレホムリまで 2 時間半である。朝の 5 時半にカブールを出て、ポレホムリに着いたのが 11 時 45 分だった。

 ポレホムリは、カブールと北部の町をつなぐ交通の要衝。北に行けばクンドゥズ、北西に行けばマザリシャリフだ。道の分かれ目がポレホムリの町の北の入り口になっていて、戦車が 3 台睨みを利かせている。

 ポレホムリから北部方面へ向かうには、町の北端までタクシーで行き、車を換えなければならない。そこで私は、クンドゥズ行きの乗合タクシーに乗った。

 この道がひどい。ずたずたになって、穴ぼこだらけである。頭を何百回と天井にたたきつけられて、4 時前にようやくクンドゥズについた。5 人用の乗合タクシーには 10 人が乗っていたのだが、私を除いて同乗していた全員が吐いた。

 この料金は 2 人分 50 万アフガニである。

日・パ旅行社
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/

>> (4) 北部の難民キャンプ

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アフガン救援のための覚え書き
(1) ビザの取得とアフガニスタンへの入国
(2) ジャララバード〜サラン・トンネル
(3) サラン・トンネル〜クンドゥズ
(4) 北部の難民キャンプ

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