HIROPRESS.net   アーカイブ
■ SPECIAL 写真・文:広河 隆一
アフガン救援のための覚え書き
Page:
1 2 3 4
Posted: 1/5/2002

 前回の報告で忘れていたことがあります。それは賄賂のことです。パキスタンで書類を速やかに出させるためには賄賂が欠かせません。でも、われわれがそれをするとあからさまになり、相手に恥をかかせて逆効果ですので、ガイドに一任しましょう。彼らはなにか耳元で相手にささやくようにしながら、体を密着し、お金を相手のポケットに入れます。

 ジャララバード〜サラン・トンネル

Map

 さて、ジャララバードからカブールまでは、車で 5 時間ほどかかります。途中サロウビという町を通るのですが、この周辺は昔から強盗殺人が多いことで有名な所です。特にサロウビ近くの 20 キロほどは道も険しく、崖の上を車が走るのですが、ここで急に武装グループに停車を命じられるというわけです。例の 4 人のジャーナリストが殺されたのもここです。その後もひんぱんに強奪事件は起きています。ここを通過するために 2 人の民兵と運転手に 300 ドル払ったと、コラムに書きました。

 サロウビを出るとなだらかな道に出ます。ここまで来るともう安心です。

 カブールでは、ジャーナリストたちは高台の上のインターコンチネンタル・ホテルに泊まります。ここは 60 〜 100 ドルかかるでしょう。上階のほうは水が出ません。それでも部屋の空きはほとんどありません。あぶれたジャーナリストは市の中心のスピンザル・ホテルに泊まります。ここは 30 ドルから 50 ドルでした。私の場合は両方いっぱいだったので、その近くの汚いジャミーラ・ホテルに泊まりました。ガイドと 2 人で 1 泊 30 ドル。夕食代は 2 人で、12 万アフガニ。約 6 ドルです。

 ガイド兼通訳代は、皆まちまちです。1 日 100 ドル払っている会社もあれば、50 ドルの会社もあります。アフガニスタン内では、パキスタン人ガイドは危険で仕事ができません。どうしてもアフガニスタン人ガイドを雇う必要があります。

 私のガイドは、タリバン台頭以前は農業省の広報部長をやっていたアフガン難民で、知り合いに紹介してもらいました。英語はうまくないので込み入った通訳やインタビューには不向きですが、性格がまっすぐで、1 アフガニたりともごまかさなかったという珍しい人です。私は彼と 1 日 35 ドルで契約を結びました。もちろん仕事が終わって、彼がパキスタンの家に戻るまでのお金も支払いました。

 ちなみに 12 月 14 日に両替した時は、1 ドルが 21,600 アフガニでした。その後 10 日経ったときはドルが急落して、1 ドル 10,000 アフガニと半分になっていました。

 アフガニスタンはパキスタン時間からさらに 30 分遅らせます。日本との時差は 4 時間 30 分です。

Photo by Hirokawa Ryuichi
カブールから北に向かう道路の上で遊ぶ子どもたち。橋が爆撃で破壊されている

 朝 5 時ごろからタクシーが走り始めます。カブールについた翌日、朝 5 時半にホテルを出て、北部に向かいました。町外れに北部行き乗合タクシーの乗り場があります。市内を走るタクシーには遠方に行く許可がありません。乗り場までのタクシー料金は 10 万アフガニ。乗り場で「サラン、サラン」と叫んでいる乗合タクシーを捜して、乗りこみました。5 人乗りの車に 10 人乗るのが普通です。ここでは余りに寒かったので暖房つきの車に乗ったため、50 万アフガニとられました。普通なら 30 万アフガニです。

 1 時間半ほど車は爆撃によって破壊された山道を登ると、7 時にはサラン・トンネルの手前に着きます。そのあたりは銀世界で、標高が 2,600 メートルほどあると思われます。大変な寒さでしたが、朝日が 3,000 〜 4,000 メートル級の山々の頂きを真っ赤に染めるさまは圧巻でした。

>> (3) サラン・トンネル〜クンドゥズ

HIROPRESS.net

アフガン救援のための覚え書き
(1) ビザの取得とアフガニスタンへの入国
(2) ジャララバード〜サラン・トンネル
(3) サラン・トンネル〜クンドゥズ
(4) 北部の難民キャンプ

アーカイブ

Copyright 2001-2002 Hirokawa Ryuichi. All rights reserved.