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難民キャンプで鬱屈するもの (その 1)
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ペシャワール市内の募金コーナー。ここで義勇兵の募集もしていた |
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ペシャワールの多くの場所で、タリバンの戦列に加わることを呼びかける運動を見た。だいたいそうしたところではビンラディンのポスターが掲げられ、被災者のための募金も行われている。
こうして集められた義勇兵はどうなったのか。11 月はじめの段階で、すでに 5
万人といわれる人たちが国境を越え、10 万人が国境越えのために待機状態にあった。そしてタリバン政権崩壊とともに、彼らは処刑されたり、捕虜になった。
しかし私にとっては、どうしてそんなに多くのパキスタン人が義勇兵になったのかが疑問だった。
その後ナサルバハ難民キャンプで、壊された多くの泥の家々を見た。聞くと、ジハードに参加しようとタリバンの陣営に参加していった人々の家だという。
それで私の疑問の一つが氷解した。義勇兵の主力部隊は難民だったのだ。
その時、私の心に不意に去来したのは、パレスチナの詩人マハムード・ダルウィーシュと作家ガッサン・カナファーニである。
イスラエル政府をして、一箇大隊の兵士より恐ろしいと言わしめたダルウィーシュは「俺の飢えを恐れるがいい」と叫ぶ。私はハイファで自宅拘禁状態のダルウィーシュに会ったことがある。屈辱は彼を戦闘化した。
カナファーニは作家であり PFLP (パレスチナ解放人民戦線) のスポークスマンでもあった。彼はイスラエル情報部が車にしかけた爆弾で、壮絶な死を遂げた。
彼は難民たちの心情を描いている。
『太陽の男たち』で彼は次のように書く。
「この空虚な砂漠は、まるで炎と煮えたぎるタールの鞭で、彼らの頭を鞭打つ目に見えぬ巨人のようであった。だが太陽は彼らをうち殺すことはできようが、同時に彼らの胸中にわだかまる卑しいものみなを抹殺することができるだろうか」(黒田壽郎訳)
また『彼岸へ』では難民の心情を次のように書く。
「しかしねえ、旦那さん。百万人の人間を一緒に溶かしちまって、それを一つの塊にしてしまうってことは、決して並みのことではねえですよ」(奴田原睦明訳)
イスラムの世界では男の尊厳が尊ばれている。女子どもを守るのも男の責任であり、それが守られて男の威厳も確立される。厳格なイスラム教徒の男であれば、妻や娘の顔を人前にさらさないことに責任を持っている。それができなければ彼は、妻や娘の夫、父親である資格はない。外国人ジャーナリストがテントの中に踏み込んで妻や娘の顔を撮影し始めた時、彼は死にたいほどの屈辱を感じただろう。
そうでなくても難民生活は屈辱の生活だ。それは人間の尊厳を奪う。男が家族のためにしてやれることもない。
鬱屈した閉塞状況にあっては、まだ神の世界に救済を求めたり、その庇護の下で来世の幸せを夢見て暴力的な突破口を求める場合が多い。
>> (4)
難民キャンプで鬱屈するもの (その 2)

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