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■ SPECIAL 写真・文:広河 隆一
アフガン難民キャンプで思ったこと
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Posted: 11/19/2001

「アメリカ人だ」

Photo by Hirokawa Ryuichi
シャムシャトゥ難民キャンプの子どもたち。この子どもたちは、空爆後にこのキャンプに入った

 ナサルバハ難民キャンプに入った時、私の回りにいた子どもたちの口から「アメリカ人だ (アメリキー)」という声が聞かれた。

 最初私はそれを奇異な言葉に受けとった。私の姿形がアメリカ人に見えるはずはないと思っていたからである。しかしアメリカ人という言葉にどのような人間を思い浮かべるのか、考えてみて行き詰まった。白人をつい思い浮かべたが、それは正しくない。アメリカ人には様々な人種と民族がいる。アメリカ人という民族はいない。日系のアメリカ人もアメリカ人であり、中国系のアメリカ人も多い。アフリカ系の人ももちろん多い。

 しかし人種や民族のことを考える前に、子どもが私を見て「アメリカ人だ」と言うのは、真実を突いているのではないかと考え直した。イギリスも日本もドイツも、アフガニスタンに爆弾を落し続けるアメリカの同盟国だからだ。「日本人はアメリカ人とは違う。私は君たちの味方だ」なんて言っても説得力がない。

Photo by Hirokawa Ryuichi
アフガン国境のチャマン難民キャンプを救援物資を積んだトラックが通る。この難民たちはカンダハルから逃げてきた

 シャムシャトゥ難民キャンプのテントで、日の丸の書かれた小麦袋を見た。しかしそれが日本からの物だということが、その住民にはよく分からないようだった。そもそも日本とはどこにあるどんな国なのか、聞いても知らない人が多い。子どもはもっと徹底して知らない。これはタリバンの教育方針とも関係するのだろう。

 こうした事情すべてがからみあい、日本に対する無知も相まって、私は敵性国民として「アメリカ人」と呼ばれたのだ。アメリカも日本も一緒で、アフガニスタンを空爆する勢力の一部として日本人も考えられているのだが、それは結果的に正しい。

 何度も機会あるたびに話することだが、かつて私は 1967 年の第 3 次中東戦争直後にエルサレムに入ったことがあり、そのときパレスチナの子どもが私に向かって白旗をちぎれるようにうち振った。彼から見たら私はイスラエル戦勝国の側の人間であり、そうした人間には白旗を振って、抵抗する意志がないことを伝えなければ殺されてしまうと、少年は考えたのだろう。その時私はイスラエルのキブツで働いていた。

 このことをアフガン難民キャンプの子どもたちを見て思い出した。アメリカが空爆したおかげで、彼らは難民となり、その空爆した側の人間が、難民キャンプの実状を写真に撮ろうとしたら、彼らがどんな気持ちになるか。彼らは白旗を私に振らなかった。そのかわり「アメリカ人だ」と言って、目を光らせたのだ。

>> (3) 難民キャンプで鬱屈するもの (その 1)

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アフガン難民キャンプで思ったこと
(1) 難民の流入
(2) 「アメリカ人だ」
(3) 難民キャンプで鬱屈するもの (その 1)
(4) 難民キャンプで鬱屈するもの (その 2)
(5) なぜアメリカを憎むのか
(6) 富と貧困

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