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土門拳賞祝辞
板垣雄三 様
 
 2003 年 4 月 30 日如水会館に於いて、「 土門拳賞 」の授賞式が、行われました。来賓としてご出席頂きました、東京大学名誉教授 板垣雄三様のご祝辞を、板垣さまのご了解を得て、掲載いたしております。
 

 広河隆一さんの、文字通り「 ライフワーク 」と呼ぶに値する『 写真記録パレスチナ 』第 1 巻および第 2 巻がついにまとめられて、日本図書センターから刊行され、そしてこの仕事が、このたび毎日新聞社主催第 22 回「 土門拳賞 」の受賞作に選ばれるという栄誉を与えられたことは、広河さんの生き方や仕事ぶりを身近に知る者の一人として、限りない悦びであり、満足であり、そして励ましであり、未来に希望の灯をともすものでもあります。

 広河さんは、36 年前パレスチナ問題にとって重大な転換が起きた 1967 年という年に留学生としてイスラエルの地に足を踏み入れてから、今年還暦を迎えようとする現在まで、長年にわたり、パレスチナ人の苦難とそれに問題としてつながる世界と日本の事象とに目を凝らし続けてきました。偉大なる壮挙というべきその仕事の深みと拡がりは、とても簡単に要約などできるものではありません。

 しかし、私は広河さんの仕事を、ある一つのコンテクストに沿って理解できるのではないかと秘かに考えています。私の勝手な解釈を皆様に聴いて頂くのは恐縮ですが、あえて申しますと、迫害され奪われ殺される人間的悲惨の現場に立ち会うのを広河さんが止めないのは、温かい共感のこころと冷徹な批判的精神とがギリギリのところで釣り合う、その微妙なバランスが成り立つ場面の一瞬一瞬を求めて生きる生き方のためではないかと見るのです。その瞬間を捉える広河さんという存在も、回る独楽がスックと立つ姿を見る感じがします。

 彼の作品には、迫害され奪われ殺される人との語らいや魂の交流が、またそうした運命に立ち向かう人々の意志への共感や連帯が、強く感じられるだけでなく、人々を押しひしぐ乱暴な権力の構造・メカニズムを解明し暴き出す批判的知性のメッセージが必ず聞こえてくるように思います。ともに嘆き怒り泣きながら重荷を一緒になって担ごうと駆け寄る広河さんは、冷静な科学者であり、医者であり、技師でもあるのです。

 広河さんの出発点は、ユダヤ人差別への批判的立場でした。それを自分自身の現在的課題として取り組もうとした広河さんは、いやおうなくユダヤ人国家によって「新しいユダヤ人」にされてしまったパレスチナ人とその運命から目をそらすことができなかったのです。今日、パレスチナ人の離散、パレスチナ人のホロコーストの現実を批判する観点をもたなければ、ユダヤ人の離散、ユダヤ人のホロコースト、そして反ユダヤ主義を批判することはできないのです。このような問題構造に対して、私たちは、鳩のごとく柔和であるだけでなく、蛇のごとく聡く、また心強くなければならないでしょう。

 広河さんがチェルノブイリに向かい、ハザルの歴史に向かい、レバノンに、アフガニスタンに、イラクに、そして日本の現実に立ち向かうのも、また写真を撮る、文章を書く、子ども達を支援する、そうした生き方の全体も、一つのコンテクスト、筋道、構造に立ってのことと納得できるのです。

 パレスチナ人の苦難はまだまだ出口が見えません。むしろ暗さは増すばかりです。見せしめと辱めはこれからも、これでもかこれでもかと、激化し増幅していくことでしょう。パレスチナ人に対するそれは、ますます人間全体に対するものとしての意味を強めると思います。広河さんには、かわることなく、スックと立った独楽でいていただきたい。広河さんの「 土門拳賞 」受賞を祝う私たちすべてが、これを機会に、広河さんが鮮明なイメージとして形象化してくれたこの世界の危機の現実に、心を強くして立ち向かう覚悟を定め直すことができれば、と願うのです。

 広河さん、おめでとう。いよいよこれからが本番というべきパレスチナ問題のために、ますますタフに、ますますいい仕事をしてください。

 ありがとうございました。

 

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