August 29, 2006

不思議な物語

取材に使用する航空機や出国については、不思議な経験が多くある。
今回はレバノン行きの時の出来事である。

8月とあって、レバノンに行く航空会社は多くはなく、資金的な事情もあり、
私はアラブ首長国連邦のエミレイツ航空を選んだ。日本航空との提携便だった。

戦争からすでに2週間以上がたっていたが、DAYS編集の事情や、
講演会の都合で、出発を早めることはできなかった。特にヒロシマの
核についての講演会、高松のDAYS写真展についての講演会は、
キャンセルするわけにはいかなかった。いつも私は講演を引き受けるのに
思いっきり躊躇し、その結果案の定、取材と重なってしまうことがある。
その場合犠牲にしなければならないのはほとんど取材だ。

そういうわけで私の出発は8月8日になった。このときのチケットはなぜか当初、
羽田―関空(出国手続き)―ドバイーシリアとなっていたのが、直前になって
成田(出国手続き)―名古屋国際―ドバイーシリアに変更された。

しかし8日、台風が名古屋に向かっていた。

成田に行くと日本航空の職員は、私に、名古屋行きの航空機は台風のため
引き返す可能性があると、告げた。それを了承して乗って欲しいと。
確実に名古屋に行くなら自分の金でチケットを買って新幹線で行って欲しいと。

私は何時の成田エクスプレスと新幹線の乗り継ぎで、名古屋国際空港に
間に合うのか聞いた。彼らは時間を調べ始めた。台風という事態で
航空サービスに影響が出るかもしれない事態で、あらかじめ客の当然の質問に
準備ができていなかった。私は他の航空機はどうしているのか、と聞いた。
驚いたことにこの質問で彼らははじめて調べ始めた。そして他の航空機は
これまで順調に着陸していると、述べた。私は自分の事務所で調べてもらったら、
着陸以降の時間帯でも予測風量は毎時5キロだという。

私が成田から航空機を選ぶと決めたとき、離陸時間は迫っていた。

私は渡された搭乗券とパスポートを手に、日本航空職員に付き添われて進み、
パスポートコントロールで出国スタンプを押され、エミレイツ機に乗り、
航空機はいつもより内陸部を通り、台風の影響を受けることもなく
名古屋国際空港に到着した。

私はすでに出国しているわけだから、ここで乗り継ぎカウンターに向かった。
その途中でパスポートと搭乗券を取り出した。そして開くと、パスポートは
私のものではない!!そこには20歳の若者の写真があり、
Aさんという名前の記載があった。搭乗券は私のものである。

そういえば日本航空のカウンターで私の数メートル横で、新幹線にしようか
航空機にしようか迷っている若者がいた。彼の手に私のパスポートが渡されて
しまい、残ったパスポートを私に渡された可能性が強い。

とにかく生身の私は出国しているが、書類上は出国したのはAさんということになる。

乗り継ぎカウンターの日航職員は事態の重大さをすぐに読み取り、走り回った。
まず私のパスポートは今誰が持っているのか、そしてこの場合そのパスポートは
出発時刻までに私の手元に届くのか。彼女が名古屋入管に行ったら、この
予期しない事態に討論が始まった。まず成田入管がまったく顔を見ないで
出国印を付いたことは明らかだ。そのことをわびた上、結局私のパスポートの
持ち主が現れたら、その人と私のパスポートを一度に取り替える必要がある、
そしてこのパスポートの持ち主は実際には出国していないのだから、彼の出国印は
取り消される必要がある。そこにはキャンセル印が押された。しかしパスポートが
戻らなければ当然私はドバイ行きには乗れない。
この時期、他の便でレバノンを目指すことはほとんど不可能だ。

「14年間この仕事をしているが、こんなことははじめて」と
名古屋の日航職員は話した。

じりじりと事態の推移を待ちながら、私はこれは運命が状況の調節をしている
のかもしれないと、考えていた。行くのは戦場である。行くなという意志が
働いているのか。私は事態に任せることにした。離陸1分前にでも私の
パスポートが届いて、私が搭乗できたなら、「行け」ということなのだと。
そうでなければ「行くな」ということだと。

日航が間違えたパスポートを、成田入管が気づいていたら(普通は気づく
ものだが)、私は名古屋行きには乗れない。同時に積み込んだ荷物を
取り出して新幹線で名古屋国際に向かうには間に合わない。
この時点で私の取材は消えていたことになる。

しかし幸運(?)なことに、出国の審査官は、眼鏡をかけた年配の私と、
眼鏡のない20歳の若者を間違えた。それで名古屋までは来られた。
ドバイ行きのエミレイツ機は、台風の接近のため、出発を30分前倒しにする
ことにしていた。しかしこの事件で出発時間は予定通りに戻った。
運命が複雑な計算を一生懸命やって、出発10分前に答えが出た。
Aさんが現れたのである。2人のパスポートは取り替えられ、彼の出国印と
私の出国印が押され、私たちは機内に駆け込んだ。Aさんにはまだ連絡を
取っていないが、日本航空はきちんとお詫びをして、少なくとも新幹線代と
名古屋―空港の運賃を支払うべきだろう。
なかったことにするわけにはいかないのではないか。

新幹線に乗っているAさんが車内電話で捕まったのはずいぶん時間が
たってからである。彼はやはりAさんで、そのとき自分の持っているパスポートを
見て驚愕したという。彼はドバイ経由でアフリカを目指すNGO関係者だった。
名古屋駅で日航から説明があり、国際空港に着いたのは、離陸直前だった。

By 広河隆一 @ 01:48 PM | レバノン | トラックバック (0)

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