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■ HIRO COLUMN EXTRA
フォトジャーナリスト講座
文:広河 隆一
プレスカード
 
Posted: 11/4/2002

 【東京 4 日】

 私の所に、現地に行きたい、プレスカードを取りたいということで訪ねてきたり、メールを送ってくる若者がよくいる。

 私は相手を信頼する材料がないまま、取材の手伝いをするほど無責任ではない。

 しかし日本だけでなく世界で、フォトジャーナリストという仕事が、パパラッチと混同して受け取られているのも事実で、戦争取材に憧れる若者達の中にはこうした人も多い。ジャーナリストは現地の歴史と状況の理解がなければ、シャッターも押せないものだと思うのだが、人々の悲劇を撮影すればそれでいいと考える人もいる。

 現地に行きたいということだけで気持ちがはやっている人に、プレスカードの取り方など教えるつもりもなく、現地で何をどのように伝えるか分からない人間を手伝うわけにもいかない。私が 35 年かけて築いた信頼関係も、あっと言う間に壊されてしまうかもしれない。

 しかしこうしたことはいくら口で説明しても分からないものらしい。

 くだんの若者は、匿名のメールで悪態をついて送ってよこした。私が写真展のトークショーで、フォトジャーナリズムというものが、いかに時の政府の意向で影響を受け、左右されるかを伝えるために、キャパの例を出して語ったのを聞いて、彼は私がこうした大写真家に嫉妬しているから批判をするのだろうというような見当違いの意見を送ってよこす。私は彼のメールを見ながら、こうした人に協力しなくてよかったと、つくづく感じたのだった。

 ところで現場が人間を鍛える場合もある。別の若者だが、その人も私にプレスカードの取り方をしつこく迫ってきたが、私は教えなかった。彼のことは以前書いたが、ここでもう一度繰り返しておく。彼はプレスカードなしにパレスチナに行き、驚いたことにそれでどこでも入り込んでいった。私は彼と封鎖されたトゥルカレム難民キャンプで出会い、数時間一緒に歩いたことがある。そしてあるとき彼は軍事閉鎖地域のラマラで完全に閉じ込められ、家から一歩も出られないようになった。すぐ近くの家ではイスラエル軍に女性が射殺された。しかし救急車が近付くことも出来ない。若者にとって、撮影も救出もできないじりじりする時間が長く経過した。

 彼が家の外に出て病院に行ったとき、日本人のベテラン・カメラマンに会った。その人物は、運び出された女性の死体を撮影して、「撮った撮った」と大喜びしたという。それを見て若者は激怒した。死んだ人を撮影して喜ぶとは何事かと怒ったのだ。

 私はこの話を聞いてすごくうれしかった。現場が人間を鍛えることは確かだ。しかしみんなが鍛えられるわけではない。現在現場にいるフォトジャーナリストのほとんども、経験を積んできた人々でありながら、肝心なことを学んでこなかった人々だからだ。

 ところで 9 月にレバノンに行ったとき、フリーランスのフォトジャーナリストに会った。私の写真展をベイルートで見て、訪ねてきたのだった。スペインとイギリスの大学でジャーナリズムを学んだのだという。しかしレバノンに来てパレスチナ難民キャンプで、それまで学んだことが何の役にも立たないと言った。

 ヨーロッパで高名なフォトジャーナリストを訪ねたが、失望したと言った。

 その若者は難民キャンプでまずボランティアで働くことを選んだという。私は話しているうちに、その真剣な姿勢にかけてみる気持ちになった。そしていくつかのテストと、課題 (パレスチナ難民の子どもたち 1,000 人のポートレート) をパスしたら、アシスタントにしてプレスカードをとれるようにしてあげようと約束した。

 最初のテストは「フォトジャーナリストにとって一番大切なものは何か」という質問にだった。メールで送られてきた答えに、私は「合格」と返事を送った。その人の答えはここでは皆さんには教えない。例の悪態をついた青年ならなんと答えるだろうか。まもなく 2 番目のテストをするつもりである。

 ベイルートで会ったこの人が最後まで初志を貫き、私のアシスタントになってくれる日がくることを望んでいる。

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