HIROPRESS.net   アーカイブ
■ HIRO COLUMN 文:広河 隆一
次の犠牲者
 
Posted: 6/6/2002

 【エルサレム 5 日】

 「1948」

 ジェニンでインタビューを続けています。

 難民キャンプで人々が、イスラエルという言葉の代わりに「1948」という数字を固有名詞のようにして話していました。「1948 に親戚がいる」というふうに使うのです。この年にイスラエルが建国されたのですが、イスラエルという国の存在を認めたら、これまでの難民生活 54 年の苦難が何になるのか、という思いなのでしょう。

 でもこれは解決が困難な問題です。400 万人の難民に帰還の権利があるのは国連決議でも認められていますが、とはいえ、その行使はイスラエルを破滅に導くからです。誰が後ろ盾になって安全を保証しても、双方で恐ろしいほどの死者が出ることになるでしょう。私は数万数十万の死者に見合う平和はないと考えています。パレスチナ人がよく口にする「最後の血の一滴まで闘う」という言葉も、スローガンである間はいいとしても、実際にそのように事態が進むことは、恐怖です。なぜなら死者の大半は子どもたちや老人や女性だからです。

 私は、双方にとって痛みを伴うものの、可能な妥協が必要だと思っています。たとえば難民に対してきちんとした補償を行うことです。そして占領地から軍を引き上げて、入植地も撤収して、イスラエルの隣にパレスチナ国家を独立させることです。でもこれが困難なのです。

 リハムの死

 現実にはイスラエルは何度にもわたる占領地侵攻で、可能な解決の芽を次々とつぶしてきました。

 昨年 10 月に小学校の教室で射殺されたリハムという女の子の父親の話は、とても辛いものでした。彼はパレスチナ警察の高官でしたが、イスラエル軍が攻めてきたときに、2 度イスラエル兵を照準にとらえました。しかし銃の引き金を引きませんでした。自分が撃つことで民間人の犠牲が出ることを恐れたからです。特に 2 度目はイスラエル兵の後方にパレスチナ人女性がいました。銃撃戦になれば、彼女が犠牲になりそうだったと言います。そして、しばらくして彼は、娘が教室で撃たれたことを知ったのです。

 愛していた娘の写真をペンダントにして、彼は泣きながらぼろぼろになっていました。彼の娘への愛の深さと、それを断ち切られた絶望が彼を変えてしまいました。今では歩くのもやっとです。

 ジェニンの難民キャンプや町にはイスラエル軍によって殺された人々のポスターが多く張られています。その横の壁に書かれていた文字は次のようなものでした。

 「パレスチナ自治政府の警察は、イスラエル軍が来る前に姿を消した。彼らは生き延び、指導者たちは英雄になっている」

 ラマラの監禁から解放されたアラファトがジェニンを訪れましたが、身の危険を感じて難民キャンプでの歓迎式には出ず、ヘリコプターでの上空からの視察に変えたということがありましたが、背景にはこうしたジェニンの民衆の批判があったのです。

 「グブール」

 どんな戦いにもグブール (限度、境界) というものがあります。エルサレムで事態の進行を見ていると、それを感じます。兵士がターゲットになるのと、小さな子どもたちがターゲットになるのとは、大違いです。

 昔、イスラエル北部の小学校がパレスチナゲリラに襲われた事件があり、その後、イスラエルとパレスチナの和平勢力の協力関係が完全に崩壊したということがありました。

 自爆攻撃は、数人から数十人の死者を出しています。20 人近い犠牲者が出たときは、イスラエルが大きな軍事作戦に入ります。もし 100 人を超えるような自爆攻撃があったら、イスラエルの報復も今の段階から大きく変化するでしょう。

 たとえば前回に書いた石油・ガス備蓄基地への攻撃があります。爆弾が仕掛けられたタンクローリーはディーゼル燃料を積み込んでいました。もしガソリンだったら基地のすべてが爆発して、周辺の町に少なくとも 5,000 人、多ければ 10 万人の犠牲者が出たと言われています。

 ガソリンではなくディーゼルだったのは偶然だったとしか思えません。爆弾を仕掛けられたタンクローリーには携帯電話が置かれ、それが鳴ったときに爆発しました。これは、かつてのモサドのやり口です。今回の事件に犯行声明はありません。

 だからといって私がこの件を「モサドがやった」と考えているのではありません。言いたいのは次のことです。

 もし 5,000 人が死ぬような攻撃があったら、パレスチナ人全員が占領地から追放されるでしょう。それを見ても世界は何もしないでしょう。事態はまったく違う段階に進んでしまうのです。エスカレーションを避けて、グブールを守ること、そのグブールを少しずつ引き直して、1967 年以前の国境線にもどすこと、それが大切なのです。

 今、ハマスの自爆テロがやんでいます。サウジアラビアの圧力のせいです。占領地では相変わらず「テロリスト掃討」の作戦が続いています。

 今朝、ジェニンの近くのメギド交差点で、バスに対し、車に乗っての自爆攻撃があり、バスの燃料タンクに引火して、兵士 13 人、民間人 4 人が死にました。

 町の人は、シャロンは必ず報復をエスカレートさせるだろうと言っています。

 しかしシャロンに何ができるか聞いても、誰からも答えは出てきませんでした。

 ジェニン難民キャンプでは今晩、大きな攻撃があると、みんながささやいています。

HIROPRESS.net

アーカイブ

Copyright 2001-2002 Hirokawa Ryuichi. All rights reserved.