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【東京 25 日】
日本に戻って来ました。
すぐに大阪へ行ってニコンサロンの写真展と講演をして、東京に戻ってきました。
20 日に『SWITCH』と岩波新書『パレスチナ 新版』が出ました。見ていただけましたか。岩波新書は発売の 2
日目に増刷が決まりました。紀伊国屋のレジの横に積んであるという話も聞きました。関心の高さが尋常ではないことを表しています。
ところで、『パレスチナ 新版』に誤りが見つかりました。目次のうしろにあるヨルダン川西岸地区の地図で、下にある説明文の自治区
A と自治区 B が左右逆になっています。正しくは濃い網が A で薄い網が B です。
これから『週刊金曜日』(6 月 7 日発売号) の原稿を書いて、写真集の準備をして、火曜日にもう一度、パレスチナの取材に戻ります。
さて、今回の取材で感じたことを、少し書いておきます。
イスラエルが撤退したと報じられてから、ずいぶん経っていますが、多くの道はイスラエル軍によって封鎖されていました。ナブルスに行きましたが、町に入る大通りを、パレスチナ人は通過することができなくなっていて、すごい回り道をして行くのですが、ここも車の通行が禁止されていて、5
キロほどを歩いて越えなければなりません。大勢の人々が通過していました。赤ん坊を抱えた夫婦も、老人もいました。
ところが「ユダヤ人だ」という声に、みんなの顔色が変わり、立ち止まりました。見るとイスラエル軍が道を封鎖しています。誰も通過できません。途方に暮れた人々が立ちつくしています。
私は近付いて「ジャーナリストだ!」と叫んで、プレスカードをかざしました。イスラエル兵は手で止まれと合図します。私は更に少し進んで今度はヘブライ語で「ジャーナリストだ!」と叫びました。
すると驚いたことに、イスラエル兵は軍用車に乗り込んで、バックしたのです。人々の顔が輝きました。
私が叫んだからといって、彼らが引くはずはありません。偶然が重なったのですが、じっとイスラエル兵が引くのを待つのではなく、前に出て対峙したことが、精神的にずいぶんいい影響を与えるのだなと、感じました。
ところで、これ以上の報告を送る前に、「ユダヤ人だ! 気を付けろ」「ユダヤ人だ! 殺されるぞ」などの言葉を多く聞いたことを伝えておきたいと思います。
パレスチナ人からは、「イスラエル兵だ」という言葉よりも、「ユダヤ兵だ」「ユダヤ人だ」という言葉の方をよく耳にしました。
ジェニンでもどこでも、「ユダヤ人が来た」「ユダヤ人が殺した」「ユダヤ人は残虐だ」という言葉を聞きます。「イスラエル兵が来た」「イスラエル軍が殺した」とは言わないのです。
私の心の中では、こだわりが残ります。「ユダヤ人が」というと、「そんなユダヤ人ばかりではない」と言いたくなるのです。
実際、イスラエル兵のほとんどがユダヤ人であることに違いはないのですが (ドルーズ派イスラム教徒が国境警備兵に入っています)、「ユダヤ人は人殺しをする」「ユダヤ人は残虐だ」というようにはユダヤ人という言葉を使いたくありません。
パレスチナ人たちは、今現在ユダヤ人に殺されているのですから、彼らがそのように言うのは仕方ないのかもしれません。彼らにユダヤ人をイスラエル人に言い換えるよう言うことはできません。
しかし同僚のジャーナリストたちが、そのような言い方をすると、私は非常に抵抗します。私の子供 2 人は、イスラエルの法律ではユダヤ人なのです。「ユダヤ人は残虐な人間だ」とか「ユダヤ人は戦争を好む」という言葉は、いつか「ユダヤ人を海に追い落とせ」という言葉に結びついていきます。ヨーロッパではユダヤ人差別が台頭しています。
しかし今、パレスチナの現場で起こっていることは、イスラエルという言葉とユダヤ人という言葉をいっしょにすることに、役立ってしまっています。
イスラエルでは、「ユダヤ人が自爆テロでどんどん殺されていく、だから世界のユダヤ人は、イスラエルを支援しなければならない」という声が大きくなっています。そうしたときにイスラエルの占領政策を批判する人に対しては、多くのイスラエルのユダヤ人は、「ユダヤ人差別主義者だ」と言います。このような意見が新聞に満ち溢れています。「いいや、そうではない。イスラエルを批判する声にも耳を傾けなければならない」という声も掲載されますが、それは『ハアレツ』紙などの良識派の新聞だけです。
ところでイスラエルの世論調査では 67 %が、67 年の第 3 次中東戦争の前の国境線まで引き下がるべきだと考えているといいます。これはラビン元首相でさえ言わなかったことです。
この人々の多くは、同時に、シャロンの戦争を支持した人々でもあります。
人々はパレスチナの独立を支持するという理由ではなく、イスラエルの安全を守ると言う理由で、撤退すべきだと考えているのです。こんな人々は
3 ヶ月前には、きわめて少数派でした。なぜ急に、多数派になったのでしょうか。それはおそらく自爆テロのせいだと思います。
自爆テロは防ぎようがないと、イスラエルのユダヤ人は、いやというほど思い知ったのです。武力ではどうしようもないと考えたのです。そしてこの動きを制するために、右翼である与党のリクード党は、「パレスチナ国家の建設を支持することを禁止する」というタガを、シャロン首相にはめました。しかしシャロンはリクードよりも世論を選びました。政権に残るために一番必要なのは、世論の支持を得ることだというわけです。この結果、どのような動きが起こるのか。
間もなく、答えが出るかもしれません。
パレスチナ 新版 (岩波新書編集部)
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0205/sin_k67.html
パレスチナ 新版 (bk1)
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-hprs14045&bibid=02176493

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