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■ HIRO COLUMN 文:広河 隆一
再びジェニン難民キャンプで
 
Posted: 5/17/2002

 【エルサレム 17 日】

 5 月 8 日にこちらへ来てから、ラマラ、ベツレヘム、ナブルス、トゥルカレム、ジェニンなどの難民キャンプを訪ねました。

 体調があまりよくなく、コラムを送るのが遅れました。

 数週間前に私が戦車に追いかけられたジェニンの町には、人々の生活が戻っていました。しかし難民キャンプは中心部に大きな空間が広がったままで、ブルドーザーが急ピッチで瓦礫の撤去をしています。あとひと月もすると、平らな広場ができて、すぐに人々は元の家の所に建設を始めると思います。他の難民キャンプでも、イスラエル軍の占領の痕跡は少なくなっています。壁に穴を開けられた家も、穴を毛布で覆っている家もありますが、多くはブロックで修理されています。

 多くの人々に話を聞きましたが、当初 500 人と言われていた死者の数について、今では 100 〜 200 人前後と言う人が多くなっていました。しかし、いまだに死体が発見されていないケースも多く、たとえば障害者の人で生き埋めにされた男性も発見されていません。

 イスラエルは、死者のほとんどが戦闘員で、民間人はほとんどいなかったと言っています。NGO は死者 52 人が確認されたが、そのうち民間人は二十数名と発表しました。これは「確認された限り」という言葉を付けて報道すべきだったのに、各紙は見出しで、あたかも NGO が虐殺の事実を否定したかのような報告をしました。なぜこれほど死者の確認が困難なのかというと、ジェニンで生き残った人の多くは、そのときキャンプから逃げていたからです。キャンプ内にいた証人も、窓辺に立つだけで撃たれるという状況でした。だから人々が殺されるところを目撃した人は、私が会った中には 1 人いただけでした。それはある民間人の男性 (もちろん非武装) が外に出たときに、警告なしに撃ち殺されたケースです。その後、人々がキャンプに戻ったときに、死体を探しましたが、戦車に轢かれたとみえて、数センチの厚みになっていたといいます。

 今、日本人を含む多くのジャーナリストが、現場で調査を続けています。やがてもっと多くの証言が集まるでしょう。しかし人から聞いた話ではなく、自分の目で見た証言が必要なので、時間がかかるかも知れません。

 イスラエルは、民間人の死者と報告されている死体の多くが武装戦闘員だったと言っています。しかし難民キャンプには、死者たちのポスターが張り出され、誰が戦闘で死んだのか、写真を見ればはっきりと分かるようになっています。「私たちは戦闘員を誇りに思っているのだ。彼らを民間人だったなどと、ごまかすつもりは全くない」と、案内の人が言います。それは本当です。

 ある戦闘員の遺族に会って話を聞きました。父親は「悲しみと誇りが一度に来た」と言いました。彼の息子は占領が終わるまでは結婚しないと言っていたといいます。彼は絵が好きで、家に壁画が描かれており、その前で家族が、他の絵を手に撮影に応じてくれました。彼の家の前も含め、キャンプ中に、死者たちの写真を印刷したポスターが、いっぱい貼られています。

 死者の数が当初言われていたより少なくなりそうだということについて質問すると、「民間人が少なくとも数十人殺されたことは確かなのだから、数を問題にすべきではない」と言います。私は「それはその通りだけれど、数を誇張しているといって揚げ足を取って、すべてが嘘だと言う人間もいるのだから、注意しなければならない」と言いました。彼らもそれは分かっているようです。だから今は「500 人の虐殺」と言う人は、ほとんどいません。

 しかし 20 年前のベイルートのサブラとシャティーラの虐殺事件でも、確定した死者の数字は分かっていません。イスラエル側、国際赤十字側、パレスチナ側が、それぞれ違う数字を発表しています。原爆投下による広島の死者数も、いまだに様々な数字があることや、ナチスによるユダヤ人殺戮の死者の数も、様々であることを思い起こすべきです。確認は困難で、確認された死者数は、実際の死者の数よりも少ないというのは、どこでも当てはまる事実です。

 先日、「パレスチナ子どものキャンペーン」の報告会で触れたのですが、日本語の虐殺を広辞苑で引くと、「むごたらしい手段で殺すこと」となっています。多く殺したのかどうかは関係ないのです。しかし英和辞典で引くと、MASSACRE は「(無防備の人、動物の) 大 (量) 虐殺」(ジーニアス英和辞典) というふうに「多く」という意味が含まれます。何人以上が大虐殺なのか、決まっていませんが、人権関係の NGO が「MASSACRE があったという証拠は見つかっていない」と発表したとき、日本の新聞の見出しは「虐殺は無かった?」と報じたのです。これではだれも虐殺されていないことになります。結果的に見事にイスラエルやアメリカの意図を体現してしまったことになるのです。(現地の記者がいい記事を書いても、見出しは状況に詳しくない本社の人が付けるために、こうしたことがよく起こります)

 イスラエルでも、「誰も虐殺されていない」、「パレスチナの戦闘員が民間人の影から撃ってきたため、巻き添えになったのだ」という風潮が育っています。死臭がキャンプを覆っていることについても、「パレスチナ人が死臭を広げるために、多くの犬を殺して埋めたせいだ」と、まことしやかに信じられているのにも驚きました。

 ジェニンから、あまりに時間が経ちました。ジェニンが象徴的になったために、他のところで殺された人については、ほとんど問題にされないのも、危険なことだと思います。

 ラマラである日、15 人が殺されました。15 人の中の 12 人が民間人で、中心は母親や子どもたちでした。戦車の大砲で車が砲撃されたのです。そのようなことが絶えず起こるのが占領ということなのです。だからジェニンだけに特定した問題にするのは危険だなと思うのですが、そのジェニンさえ虐殺を否定されたら、人々は「単に間違って殺された」か、「パレスチナ戦闘員のせいで殺された」ことになってしまうのです。ジェニン難民キャンプで、「これでは、とても人々はうかばれない」と感じました。

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