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■ HIRO COLUMN 文:広河 隆一
ジェニン難民キャンプ
 
Posted: 4/18/2002

 【エルサレム 18 日】

 昨日、再びジェニン難民キャンプを目指しました。

 キャンプ入口まであと 10 メートルというところでイスラエル兵に見つかり、追い返され、しばらく様子を見て、彼らの死角になるところから入りました。

 キャンプの中の道を、庭や垣根を越えて進み、そして中心部に出ました。

 そこで見たものを、なんと表現していいのでしょう。とても言葉になりません。数百メートル四方が完全な瓦礫の山になっているのです。

 焼けた臭いの中に、臓器の一部や、足首が散乱していました。

 2 人の少女に会いました。自分の家がどこにあったか、探し回っていたのです。しばらくして再び会いましたら、「見つかった」と、ほこりまみれの教科書を見せてくれました。

 家族が全員、どこへ行ってしまったのか分からないで、途方に暮れている人、死体を片づけている人がいました。この日半日だけで 10 体を埋めたと言います。

 外に出た人々は、ときどきイスラエル兵が近付いたと聞いて、身を隠します。

 この壮大な瓦礫の山の中には、まだ多くの死体が眠っていると聞きました。ここはキャンプでの戦闘が終わり、パレスチナ側が降伏した後、ブルドーザーとダイナマイトで破壊されたのです。

 ある母親が、建物の中には息子がいるから壊さないで、と哀願したら、「そこがそいつの死に場所だ」と言われて、破壊されたという話も聞きました。

 ジェニン難民キャンプで実際に何があったのか分かるまでは、これから長い時間が必要でしょう。証言者たちは、数メートルのがれきの下にいます。

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