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【エルサレム 8 日】
今日はベツレヘムの難民キャンプを取材して戻って来ました。
ガザとトゥルカレムにもイスラエル軍が侵攻し、この 1 週間の死者はイスラエル側 36 人、パレスチナ人 102
人です。しかも今日 1 日だけでパレスチナ側は 50 人近い死者が出ているはずです。
昨日のガザのユダヤ人入植地での 5 人の殺害に対する報復として、シャロンは各地の難民キャンプや村で、徹底的な掃討作戦をしています。
前回のコラム「戦争と平和の距離」を書いた翌日から、2 日間にわたってナブルスの難民キャンプの掃討作戦を取材しました。1
軒 1 軒、壁にハンマーで穴を開けて、そこからイスラエル兵が侵入し、捜索し、抵抗する人間を「テロリスト」として殺し、家屋を破壊します。
同じことが今日、トゥルカレムの難民キャンプで大規模に行われました。家を破壊し、火を放っていました。小さな子どもたちの目の前でそれを行うのです。
イスラエル建国によって、この人々が難民となって、50 年以上も難民キャンプで暮らしてきたのだということを、イスラエルの兵士は、なぜ何とも思わないのでしょうか。こんなことをすると、和平どころか
15 年、20 年後のゲリラ兵たちを大量に生み出すことになるのだと、どうして分からないのでしょうか。また 15 年後にゲリラ兵たちを「テロリスト」と呼んで、壊滅作戦をすればいいと思っているのでしょうか。
救急車への銃撃、戦車での救急車の破壊など、信じられない光景が続いています。
テレビの解説者たちも「テロに対する戦争」という言葉を使っています。それを使えば何でも許されるという魔法の言葉です。これが人間の心をこれほど卑しくする言葉だとは思いませんでした。
こうして明日は必ず、大規模なパレスチナ側の報復テロが起こるでしょう。シャロンの政権は、相手の報復テロをバネにして、次の掃討作戦をするという形で進んでいます。
イスラエルもアメリカも「テロに対する戦争」という言葉を使うことによって、自分の行為を、客観的に批判的に見る回路を断ってしまったのです。逆のことを自分たちがされたら、どんなに辛いか
(こんな生やさしい言葉では言い表せないのですが、適当な言葉が見つかりません)、分からないのです。
シャロンの「テロに対する戦争」は、自国民をも犠牲にして、突き進んでいるのです。
【エルサレム 9 日】
トゥルカレムの難民キャンプに入りました。
例の射殺された救急車の運転手は、顔を半分吹き飛ばされていました。
キャンプの中でほんの数人のジャーナリストに会いましたが、みんな大変な危険を冒していました。戦車が数十台、装甲車がその倍くらい、キャンプの各所に配置され、イスラエル兵の掃討作戦が続いていました。
死体が多すぎて、病院の 1 人用の冷凍庫に、3 人が重なって詰め込まれていました。8 歳の男の子の死体がありましたが、病気で母親に連れられて病院に行くところを射殺されたということです。
私が頼んだ運転手は、行くときは元気が良かったのですが、キャンプで見たものがショックで途中で逃げ出して、検問所を出たところで、10
分ほどワアワアと泣いていたそうです。私は仕方がないので、そのあと歩いてキャンプに戻りました。
キャンプの男たちは全員、広場に集められ、座らせられて、秘密警察の尋問を待っていました。引き立てられる男たちの中には、杖を突いている老人もいました。全部で千人もいたでしょうか。
難民キャンプは完全に陥落したのです。シャロンがのぞむのは、こういう形の平和なのでしょうか。
その一方でイスラエルでは、毎日起こる爆発や乱射に備えるため、市民の武装を許可すべきではないかという議論が起こっています。

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